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名古屋高等裁判所 昭和35年(う)678号 判決

被告人 加藤捷治

主文

本件控訴を棄却する。

理由

所論は、被告人原判示候補者米田正文の選挙運動者ではないのにかかわらず、原判決が被告人を右米田の選挙運動者であると認定したのは事実を誤認したものである。また被告人が原判示高須理一郎に頒布方を依頼した原判示の文書約二、〇〇〇枚は、予て被告人の勤務先徳倉建設株式会社々長宛に配布方を依頼してきた同人の叢書の販売宣伝用のビラであり、これを新聞に折り込み頒布することは、右高須理一郎の発意であつて、被告人が配布方を同人に依頼した意図は、同会社の事務処理として米田正文の著書宣伝のために依頼したものであり、他意がなかつたのであるから、原判決が被告人において原判示候補者米田正文に当選を得しめる目的で法定外文書である右ビラ約二、〇〇〇枚を新聞折り込み配達によつて頒布したものと認定したのは、事実を誤認したものであるというのである。

よつて本件記録を精査し、原裁判所の取り調べたすべての証拠を検討してみると、原判示事実は原判決挙示の証拠により、優にこれを認めることができ、記録を精査するも原判決には所論のような事実の誤認はない。前示証拠、特に司法警察員に対する被告人の各供述調書(二通)、検察官に対する被告人の供述調書によると、被告人は昭和三四年二月ごろ、被告人の勤務先徳倉建設株式会社々長徳倉正志から、原判示候補者米田正文が原判示選挙に立候補した暁は同人の後援会を設置し、支援をなすべき旨告げられ、更に同年三、四月ごろ右社長が同会社の加入している同業者の組合である愛知県土木研究会が主体となつて、前記米田の後援会(それは、右選挙について同人に当選を得しめるための運動を推選するための団体である。)を設置することになつたから、会員を募集するように被告人ら社員に対し、要請するところがあつたので、被告人は一五、六名の後援会員を集めており、原判示選挙の告示が同年五月七日になされてからも、被告人は同月八日ごろと同月一三日ごろの二回に名古屋市中区大津橋の電車停留所前に設置された前記米田の選挙事務所に顔出しをして種々選挙についての意見を聞いていることが認められるので、被告人が前記米田のため選挙運動に従事していたことは明らかである。そして原判決挙示の各証拠によるときは、被告人は原判示参議院議員選挙に米田正文が立候補することは昭和三四年三、四月ごろから知つていたこと、被告人が頒布した原判示文書約二、〇〇〇枚は、昭和三四年四月一六、七日ころ同会社宛に米田正文著の叢書の販売宣伝用として送付するから配慮ありたい旨の依頼状が到達した数日後に、同人著の叢書一五、六冊とともに同会社に送付されてきたものであるが叢書が僅か一五、六冊であるのに右文書は著者である米田正文の写真入りで氏名が大書され、略歴をも記載してあるビラでその枚数も、約二、〇〇〇枚に及ぶ多数であつて、前記米田正文の著書の宣伝用のビラとしては著しくその均衡を失するものというべきこと、しかも右のビラを原判示薬品、書籍兼新聞販売業者である高須理一郎に配布方を依頼し、同人の発案でその配布方法は新聞に折り込み当該新聞の購読者の各居宅に配布することによることを決めたのは前記選挙の告示後である同年五月一一日であつたこと、なお被告人は幡豆郡一色町議会議員に三回も立候補して当選しているほか、衆議院議員選挙や愛知県会議員選挙にも選挙運動員として選挙事務に従事した経験があり、選挙法規には比較的明るいものというべきこと以上の各事実を認定することができ、右の各事実から被告人が前記ビラ約二、〇〇〇枚の頒布方を前記高須理一郎に依頼したのは、前記米田正文の叢書販売宣伝に名を藉り同人に当選を得しめる目的で、原判示参議院議員選挙の選挙人に対し、法定外文書である右、ビラ約二、〇〇〇枚を頒布しようとしたものであることが充分に認定できるのである(被告人も昭和三四年五月一五日付司法警察員に対する被告人の供述調書によれば、被告人としては選挙の期間中でもありその選挙に立候補しているものの写真入りで名前の入つた「しおり」を新聞折り込みで一般の人たちに配ることは、ことによれば選挙運動とみなされ選挙法違反として警察の取り調べを受けるかもしれないという心配もした旨の供述をしている)。従つて被告人の右文書の頒布は前記米田正文の叢書の販売の宣伝である旨の弁護人の主張は、単なる弁解に過ぎないものと認めざるを得ないので、とうていこれを採用することはできない。論旨は理由がない。

よつて本件控訴は理由がないので刑事訴訟法三九六条によりこれを棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判官 影山正雄 谷口正孝 中谷直久)

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